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西藤博之が彫り出す世界

2017/03/13



西藤博之。富山県を創作活動の拠点とする版画家、彫刻家である。

彼は一枚の木の板から精神の景色を彫り出す。
そして、仏教的幻想を彫り出す。哲学も文学も彫り出す。さらには音楽までをも彫り出す。
彼の作品は、それを目にする者の心に考える間もなく作用する。気が付けば作品との間合いが完全に無くなっている。鑑賞者は作品の懐に入ってしまっていることにすら気づかないのかもしれない。彼の作品は見る者の心眼を瞬時にほぐして開いてしまう。見ることと感じることが無意識に並行し、すっと作品の世界に見る者を招き入れる。

おそらくこれは、西藤博之という独学で美の表現技法を身につけた表現者に「芸術家」としての衒い(てらい)や気取り、たくらみやけれんみがなく、木の原版から彼が他者と共有したいイメージをただ取り出して見せてくれているだけだからであろうか。西藤作品には芸術を鑑賞する者にともすると作動してしまう過慮や勘繰り、解釈努力や批評精神等の不要な力みを与えない。そのような面倒な意識を抜きにして、見る者は西藤博之が無心に取り出した景色や光景を何も考えずに見れば良い。それで心の波が少しでも揺れたなら、鑑賞者はすでに作者の瞑想世界を共有している。私たちは作品を媒介として何も考えずにその瞑想の世界と融和すればよいのである。

そんな不思議な精神性を感じさせる西藤作品に義志も魅せられ、初の合作に取り組んだのは3年前のこと。西藤博之の異次元の伝心力を借りて製作された「三味線の鬼」Tシャツは、やはりその感覚を敏感に感じ取った方々からとても大きな評価を頂いた。あれから私は西藤博之氏と交流を重ね、彼の人柄とその独特な世界観にさらに身近に触れた。そして感じたのは、西藤氏には時代や国境を越えて人にメッセージを届ける強い力を持っているということであった。彼本人と彼の作品には人の警戒装置を外してシンプルにメッセージを伝心する何かがある。その「何か」についての分析はここでは省くが、今度はこの力を借りて、時代を超えた先人の言葉をさらりと届けてもらおうと考えた。

西藤氏の作品には鬼や仏を主体とした作品が多く、最近では瞑想的な抽象画も多く製作しているが、彼のもうひとつの魅力は、氏が木の板から彫り出す文字の美しさである。文字を版画で表現するには、当然ながら左右反転した字を原版から彫り出さなければならないのだが、西藤氏はこれをほとんど下書きをせずに行う。もちろん、鉛筆で文字の配置程度の下書きはするものの、その時点では鉛筆一本でささっと書いた細い文字でしかない。しかし、最終的に彫り出される西藤氏の文字は、太く力強く、それでいて威圧感がなくどこか愛嬌のあるとても魅力的な文字なのである。コンピューターのフォントに慣れ親しみすぎた私にとって、彼が版画という手法で表現する文字はそれだけで血液の流れた作品であり、意匠としての価値を持ったデザインでもあり、西藤博之という表現者の視覚化された声でもあるのである。

そこで私は彼に、自分の好きな「葉隠」の言葉を彫ってほしいと依頼した。
彼の表現者としての伝心力、そして何故か自然と読みたくなってしまう文字の魔力で、この300年前に発せられた佐賀の隠居侍の説教はどのように聞こえるのか見てみたかったのである。今日ではほとんど読まれなくなり、まして教育の場でも語られなくなった武士としてのあり方についての教えは、西藤博之という特殊なフィルターを通すと今日の私たちの心にどのように響くのだろうか。

葉隠は、戦後の一時期は日本国内外の多くの学者から悪しき軍国主義的イデオロギーを鼓舞する古き武士道精神の指南書として忌み嫌われ拒絶されたほどの本である。どれだけ激烈な内容なのかと警戒する者もあるかもしれないが、そもそもはたった300年前の私たちと同じ日本人のおじいさんがこれからの若者に対して、「より良き大人になりなさい」「立派な人になって、世の中の役に立ちなさい」という極めて前向きな動機で愛を持って語った言葉である。だからこそ、敗戦直後のような警戒心はひとまず取り払った上で、先人の金言を素直に聞いてみようじゃないかという狙いを持って、西藤氏の伝心力を借りた。

この企画者として西藤氏の作品に大いに期待をしていた私個人としては、完成した作品に期待していた以上の喜びと嬉しさを禁じ得ないが、ここから先は見る人それぞれの解釈でよいと思っている。

                              緒方義志


義志 x 西藤博之 合作企画 Tシャツ 型第25

修行の心得

成仏無用

益に立たざる者



西藤博之作品集

Boogie



Shout



John Donne by Hiroyuki Saito



The World Without Words



A Buddha’s Eye



Paul Resika by Hiroyuki Saito



The Gareki Tower